Kanagawa Institute of Technology KAIT Square . Tokyo
JUNYA.ISHIGAMI+ASSOCIATES . photos: © JUNYA.ISHIGAMI+ASSOCIATES
A few pictures of Kanagawa Institute of Technology Multi-purpose Plaza.
_
始まり. 神奈川工科大学にKAIT工房が2008年冬に完成し,同じ年の秋,東側に隣接する校庭の一角でこの計画が始まった.プログラムは多目的な半屋外の広場だ.多目的性とは何か,半屋外性とは何か.それらが最初の問いであった. 多目的性. いわゆる均質な空間ではない.大学には多目的な用途の場所は既に多くあり,そのような機能上の多目的性ではなく,ここでは過ごし方の多様性が求められた.学生たちが,のんびりと過ごすための居場所が学内には少なかったからだ.用途の曖昧さが多く含まれ,それが魅力になる多目的性が必要であった.たとえば,床に座って談話やランチを楽しんだり,寝転びながら考えごとをしたり,昼寝をしたり,雨天時に運動部がストレッチをしたり,イベント時に車や機械を展示したり,学祭の時にお店などが並び市場のようになったりなど.「どのように使うか」よりも「どのように過ごすか」ということに重心がある,そういう場所である.使い方に重きがあると目的を果たすことが主眼になるけれど,過ごし方に重きが置かれる場合,緩やかな目的はあるものの,時間の経過を伴う身体経験に重点が置かれる. 半屋外性. この場所に必要な半屋外性を考えた時,たとえば,既存の環境的特質はそのままで,単に雨や日射を避けるなどの目的で吹きさらしの場所を設けるようなことは適さない.前提となる既存の環境そのものに問題があるからだ.大学内の屋外空間は基本的に高い校舎に囲まれ,それらの間にある.そこはとても人工的で,風景としての多様性に乏しく,自然現象の変化に心を奪われる場面は少ない.どのように過ごすかを主眼に考えた場合,ここで求められるべき半屋外性とは,既存の環境的特質を半分残し,そこに半分建築的要素を加え,結果として,建築によって新しい「そと」をこの場所につくり出すことだと考えた.それは,「そと」を建築として計画し,建築の内側に,心に響く風景を出現させることである. 地平線. 風景とは,季節や天気などの自然現象によって変化し,地形と共に時間の経過を伴い,都度その場に現れる環境である.それは,ある時は主観的身体経験として,ある時は客観的象徴として現れる.ここに現れるべき風景は,建物に囲まれているような窮屈さがなく,長い時間その場所に留まりたくなるような,心地よくどこまでも広がる開放性と繊細な移ろいを伴う環境である. ここでは,地平線を望むような壮大な広がりを時間と共に感じる風景を考えた.空と大地の巨大な湾曲面が遠くで結び付き,1本の境界線をつくる風景である.地平線の向こうにどこまでも続く世界を感じる風景だ. 建築のなかの風景. まず,KAIT工房からの景色を考えた.平面は敷地いっぱいに広げ,他のキャンパスレベルより2mほど低い既存の高低差を生かして建物の高さをできるだけ抑え,地形と一体化する新しい地面となるようなヴォリュームを目指した.周囲の4つの壁から1枚の巨大な鉄板を吊り下げるようにして支える構造を考える.鉄板はゆったりと撓み壮大な湾曲した面がつくり出される.内部に柱はない.その湾曲面に平行するようなかたちで,窪んだ床面を計画する.地球の断面を見た時の空と大地の間にできる空間のプロポーションを参考にし,天井高は平面の大きさに対して,できるだけ低く設定する.撓んだ空のような天井面と,窪んだ大地のような床面が,湾曲して遠くで結び付き,建物の中に地平線が現れる.地平線の彼方から人が現れ,地平線の彼方に消えていく.屋根には59個の開口が計画される.低く抑えられた天井が光の回り込みを抑制し,開口の周囲のみが明るくなり,それ以外のところはほどよい暗さを保つ.地球規模で考えれば,晴れと曇りの場所で明暗が生まれるのと同様の現象だ.光の濃淡の空間的むらが時間や天気と共に変化していく.開口にはガラスはなく,風雨は室内に流れ込む.雨の日には,開口からの雨滴がたくさんの雨の柱を内部につくり,霞む風景が出現する.屋内に響く雨音と眼の前の雨粒を感じる.身体経験としての自然の変化が風景として現れる. 身体と土木. 構造のスケールも技術も材料も土木的である.巨大な鉄筋コンクリート地中梁基礎には杭が83本,アースアンカーが54本計画され,床の斜面の高低差は5mほど,構造も吊橋を360度回転させたような成り立ちである.最大スパンは90mほどで,鉄板の熱収縮で天井高が30cmほど変化する.季節によって空の高さが変わるかのようだ.メガストラクチャー的構造スケールである.しかしながら,同時に身体的スケールが共存するように考えた.天井高は2.2〜2.8mほどで住宅のスケールとし,屋根鉄板の厚さも12mmで家具スケールとした.屋根鉄板の外周3mの範囲には圧縮リングとしてのリブを計画し,壁への張力の負担を軽減し,壁の厚さを250mmとし一般的な建築のスケールを維持している.床面には車道の舗装に使う透水性アスファルトを敷き詰め,高圧洗浄で油分を完全に取り去り塗装を施す.雨水は瞬時に吸収され床の下を流れ,床面はドライな状態が保たれる.人間の肌に接しても不快でないような状態にしている. 身体と環境. 人間と環境ができる限り近い関係になるように考えた.地面に座った時に自然を強く感じ,床に座った時に建築に親密さを覚えるような,身体と環境が直接的関係を築くようにしたい.現代建築における人間の動作は立っている状態を起点としてその延長で,座ったり寝転んだり,さまざまな動作が考えられる.その場合,身体と環境との距離を椅子やベッドなど家具が繋ぎ合わせることが多い.ここでは座っている状態を起点として計画する.室内は上足とし斜面の床に自由に座り,その延長で寝転んだり立ち上がったりできるようにする.巨大なベッドとも感じる心地のよい丘陵のような斜面で,身体と環境が直接関係し合い,一体的な風景となる.風が肌を撫で,雲が陽の移ろいを誘い,陽の動きが光を彩り,雨が響きをつくり,雪の静けさが奥行を与える.時間の変化の中に身を置き,緩やかな目的と共にゆったりと過ごす場所になる.また,都市の中で坂がモニュメントになるように,この斜面がキャンパスの象徴的な場所にもなる.地平線が,空間的分節と広がりを同時に生み出し,その風景の中で,集まっているのに離れているような,離れているのに一体感を感じるような,たくさんいるのに少ないような,少ないのにたくさんいるような,さまざまな距離感と密度が生み出され,人が集まることと環境に溶け込むことが同義になる.それは,開放性と快適さに自由を与えることである.キャンパス内にみんなが集う新しい「そと」を新しい広場としてつくり出す. (石上純也)